マテリアルズインフォマティクス(MI)は、材料科学における新たなアプローチとして注目されており、第一原理計算や分子動力学(MD)計算を活用しながら、機械学習を用いた予測モデルの構築が進められてきました。
マテリアルズインフォマティクス(MI)は、材料科学における新たなアプローチとして注目されており、第一原理計算や分子動力学(MD)計算を活用しながら、機械学習を用いた予測モデルの構築が進められてきました。しかし、MIの実用化にはいくつかの大きな課題が存在します。第一に、第一原理計算(DFT)は非常に高精度ですが、系が大きくなるにつれて計算時間が指数関数的に増加し、大規模な材料探索には適していません。次に、分子動力学(MD)計算では、適切な力場が存在しない場合、計算の精度が大きく低下する問題があります。さらに、ニューラルネットワークポテンシャル(NNP)を活用する手法も登場しましたが、高精度な予測を行うためには、大量の第一原理計算結果を学習データとして取得する必要があり、そのデータ収集が大きなボトルネックとなっています。
このような背景のもと、グラフニューラルネットワーク(GNN)を用いた新しいアプローチが期待されています。GNNは、材料の原子・分子構造をグラフとして表現し、機械学習モデルを構築することで、計算精度を維持しつつ大幅な計算コスト削減を実現する可能性を持っています。その中でもM3GNET(Materials Graph Neural Network)は、第一原理計算と同等の精度を持ちながら、大規模な材料探索を効率化できる手法として注目されています。
本記事では、M3GNETを用いたハイエントロピー合金(HEA, High-Entropy Alloys)の物性予測と分析を行い、その有効性を検証します。また、M3GNETがMIなどの分野にも応用できる可能性についても考察します。HEAは複数の主要元素を含む新しい材料群であり、その特性が優れている一方で、組成の多様性が高く、最適な組成を見つけることが難しい課題があります。M3GNETの活用によって、この探索プロセスがどのように加速されるのかを具体的な事例を交えて解説していきます。
本研究では、白金(Pt)を基盤としたスラブモデル(288原子)を作成し、触媒特性および構造安定性に影響を与える元素の組み合わせを評価した。具体的には、Co, Cr, Mo, Mn, Cu, Fe, Zn, Sn, Pd, Ga, Au などの元素を5~10 wt%の割合で均一に混合し、その影響を調査した。
スラブモデルの構築に際しては、基板となるPtの下から3層を固定し、表面の自由度を持たせることで実験条件を再現した。また、OHの吸着評価を行うために、Top、Hollow、Bridgeの3種類の吸着サイトを考慮し、それぞれの吸着エネルギーを比較した。 さらに、吸着エネルギー(E1)と構造安定性(E2)の観点から、異なる元素組成の影響を統計的に解析し、最適な組成条件を明らかにすることを目指した。吸着エネルギー(E1)は式(1)から求め、と構造安定性(E2)は式(2)下記の式を用いた。E(OH)は共通項になるため、今回は省略した。
E1 = E(slab + OH) – E(slab) – E(OH) (1)
E2 = E(slab) –(E(各FCC構造)* スラブモデル内の各元素の原子数/4) (2)
本研究では、NanoLaboが提供するLAMMPS連携のM3GNETを用いて分子動力学(MD)シミュレーションを実施した。M3GNet-MP-2021.2.8-PESポテンシャルを適用し、構造最適化を行った。計算には、NVIDIA A100 GPUを1基使用し、高速なエネルギー計算および最適化プロセスを実現した。また、異なる組成に対して並列計算を行い、広範な条件下での物性予測を効率的に進めた。
本研究では、5元系モデルのスラブモデルの構造最適化を実施し、A100 GPUを用いたM3GNETの最適化を行った。Fig. 1のようなスラブモデルをわずか4分50秒で計算が完了しました。
この高い計算速度を活かし、各5元系スラブモデルに対して基本スラブモデル300種類を用意し、それぞれTop、Hollow、Bridgeの3種類の吸着サイトに対して300モデルずつ計算を行いました。その結果、合計1,200モデルを評価し、7種類のモデルに関して詳細な解析を実施することができました。
さらに、Mat3ra環境においてA100 GPUを複数枚並列運用することで、各元素の種類やwt%を変えながら8,400モデルをわずか3日間でデータ収集することが可能となりました。これは従来の手法では数週間を要するプロセスであり、M3GNETの高速な計算能力が大規模な材料探索において非常に有効であることを示しています。収集したデータは、Top、Hollow、Bridgeの3種類の吸着サイトごとにエネルギーを算出し、その平均値を吸着エネルギー(E1)として評価しました。これにより、各組成の触媒特性を定量的に比較し、最適な元素組み合わせを特定するための指標としました。288原子モデルにおいて、各元素のwt%を変化させることで、それぞれの元素が触媒特性や吸着エネルギーに与える影響を詳細に解析することができました。以下の図は、各元素のwt%が異なる条件下での吸着エネルギー(E1)の変化を示しており、Ptの割合が多い場合は、多少吸着エネルギーは良くなりますが(Fig.2)、元素1と4の割合が多くなると、吸着エネルギーは減少する傾向を観察することができます。(Fig.3)
次に、7種類のモデルについて、吸着エネルギー(E1)と構造安定性(E2)を総合的に評価しました。各モデルのE1は、触媒活性の指標として機能し、E2は安定な構造形成における重要な要素となります。Fig. 4およびFig. 5は、それぞれE1およびE2の変化を視覚的に示しており、異なるwt%の元素比率が触媒特性や構造安定性にどのような影響を及ぼすかを詳細に捉えることができます。特に、吸着エネルギー(E1)は、Ptの割合や他の元素の組成に大きく依存し、特定の元素を増加させることで顕著な変動が観察されました。また、構造安定性(E2)の評価では、特定の組成条件下で安定性が大きく向上することが確認され、触媒の長期的な耐久性向上に貢献する可能性が示唆されました。特に、紫の線で示される特定の元素を含む場合には、吸着エネルギー(E1)が向上し、構造安定性(E2)も顕著に向上する傾向が見られました。
具体的な元素の詳細は開示できませんが、これらの組み合わせを用いた実験結果は、シミュレーションと非常に高い一致を示しました。これは、M3GNETによる予測が実験的なデータとも整合性があり、実用的な材料探索手法として有望であることを示唆しています。
まとめ:
本研究では、M3GNETを用いたハイエントロピー合金(HEA)の物性予測と解析を行い、第一原理計算と比較して圧倒的に高速な計算が可能であることを示しました。特に、M3GNETを複数枚のGPUと並列計算により運用することで、数千モデルに及ぶ大規模な組成スクリーニングをわずか数日以内に実施できることが明らかになりました。 288原子モデルを用い、各元素のwt%を変化させながら、それぞれの元素が触媒特性や吸着エネルギーに与える影響を定量的に解析しました。7種類のモデルを検討した結果、Ptの割合を低下させても、特定の元素の増加が安定性に影響を与えることが分かりました。そこで、吸着エネルギー(E1)と構造安定性(E2)の相関を分析したところ、特定の元素組成が安定な構造形成を促進し、触媒性能を向上させる可能性が示唆されました。 M3GNETの活用により、これまで第一原理計算では数ヶ月かかっていた組成探索を劇的に短縮し、効率的な触媒材料の開発が可能となりました。特に、Mat3raに搭載されたGPUを最大限に活かすことで、複雑な組成空間の探索が容易となり、材料設計の加速が期待されます。今後、さらに多様な組成や条件に適用することで、より最適な材料設計への応用が可能になると考えられます。
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